· 

妖怪との格闘



 

 本日は私が過去に体験した「不思議な出来事」について、お話しさせていただきたいと思います。

 

 これは今から16年ほど前、ヒーリング能力等、現在の私が持つ能力が覚醒し始めた頃の事でした。

 当時は霊的感覚も非常に高まっており、日常的に不思議な体験をしていた時期に当たるのですが、それはその頃の体験の中でも最も心に残っている衝撃的な出来事でした。

 

 その夜私は自宅の寝室で、まだ生後数か月だった娘(長女)を寝かしつけていました。

 時間は午後11時頃で、薄明りの中、浴室から聞こえる入浴中の妻が立てるシャワーの音だけが耳に聞こえてくる静かな秋の夜だったと記憶しています。
 
 ふと気が付くと、隣に寝かせていたはずの娘が私の身体の上に乗っていたのです。

 私は驚きました。まだまともにハイハイもできない乳児にそんな事ができるはずはなく、また更に驚いた事にその身体は青く光り少し透き通っていたのです。

 その長女の姿をした不思議は存在は、満面の笑みを浮かべながら私の身体の上をハイハイして迫って来ました。

 私は驚きながらも「これは娘じゃない」と思い、両腕でその存在を振り払いました。

 「それ」はしばらくの間 長女の姿をしたまましつこく私に纏わり続けていたのですが、完全に私が「ニセモノ」だと断定している事を察したのか、気が付くと何か別の物に変化して、背後から私を羽交い絞めにしていました。

 私は肘打ちや踵蹴りで抵抗して何とかその「化け物」を振り払おうを試みました。

 しかし力の差は明白で全く歯が立ちませんでした。
 完全に「遊ばれている」と思った私は

 「お前は一体何なんだ!?」

 「顔くらい見せろ!!」

 と罵声を浴びせながら、その化け物の正体を見てやろうと 何度も後ろを振り返ろうとしました。

 しかし、

 「見ない方がいいぞ」

 その化け物からの予想だにしなかった一言に私は一瞬、抵抗を忘れました。

 「見ない方がいい 見たら腰を抜かすぞ」

 化け物は確かにそう言いました。

 私はゾッとして振り返る事をやめました。背中に伝わってくる感触から、その化け物の身体が まず間違いなく「人間の形」をしていないであろう事に気づいたのです。

 それは視界の端でわずかに認識できていた情報から、頭部だけは「長い髪の人間の女」の姿をしているように感じていたのですが、身体の方は何か巨大な蛇のような恐ろしく人間離れした奇妙な感触に満ちていたのです。

 私は動揺しながらも、その化け物を振り払うために無我夢中で抵抗を続けました。

 ただ、その状況の中で一つの事に気づきました。

 それは、化け物が私に語り掛けた際に使った「言葉」です。

 私は化け物が発した言葉をハッキリと認識していたのですが、それが「どんな声」だったのか、また 「どんな言い回し」だったのか、その直後であったにもかかわらず全く思い返すことができなかったのです。

 私は、あの時 化け物は恐らく「声」に出して意志を伝えたのではなく、「テレパシー」によって意志を伝達したのではないかと考えています。

 化け物との格闘(全く勝負になってはいませんが・・)がどれくらいの時間に及んだのか、不思議と覚えてはいません。
 ふと気が付くと化け物はいつの間のか居なくなっていて、私は金縛りの状態で寝室に横たわっていました。

 「娘は!?」

 私は一刻も早く長女の無事を確かめたくなり、必死になって金縛りを解きました。
 数分間の奮闘の後やっと金縛りが解け、ようやく周囲を見回すことが出来るようになった私は呆気にとられました。

 化け物との格闘で荒れ果ててしまっていたはずの寝室は何と襖一つ外れてはおらず、長女も何事も無かったように元の位置で寝息を立てていたのです。

 寝室は化け物が現れる前と全く変わらない静けさを保ち、やはり変わらない薄明りの中、浴室の妻が立てるシャワーの音だけが耳に入ってくる状態のままでした。

  
 あの出来事から16年の月日が流れました。
 
 あれから現在に至るまでの間、結論から言えば その後あの化け物が再び私の前に現れた事は一度もなく、またその後 特に不吉な出来事が起こるというような事もありませんでした。

 結局、私は今でも あの化け物の正体が何だったのか。また、何を目的に私の前に現れたのかわかりません。

 ただ 、私は あの夜の出来事を通して一つの事を実感し、あれから16年経った今でもその教訓を 肝に銘じて 過ごしています。

 それは、人は、地位 ・ 財力 ・ 霊的能力  等、どれ程の「力」を手にする事に成功しても、人間である自分自身の「本質と限界」は、簡単に「更新」できるものではないということです。

 つまり、所詮人間は「成り行き」や「運」で 人生観が変わってしまうほどの「力」を手にする事に成功しても、生まれながらにして持っている自分自身の「人間としての本質」をたやすく変えられるものではなく、 その「上辺の力を過信して自分自身を見失ってしまったら、その先にあるものは「身の破滅」である。という事を、あの化け物から思い知らされた気がするのです。

 これを結論とすれば、あの化け物が「カッコ良すぎ 」面白くはないのですが、あの化け物の正体は、能力者としての人生を策定し始めた頃の私に対して、人間が持つ「邪な意志」を正すための、「なまはげ」的役割りで派遣された存在ではなかったのかと思う事があります。