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「当たりまえ」を幸せと感じるとき

2019.04.28 今日の朝日

祝・Season3 Part.2

 


みなさん、おはようございます。

 

「最高10連休」という史上最高のゴールデンウィークがとうとう始まりましたね。(^_^)

 

・・とは言っても、この世の中の多くの人々はそういった大きなイベントの充実を陰で支える「縁の下の力持ち」としてむしろ、普段よりも忙しくなる立場に徹する事が求められるもので、実は私もこの度、前職(国家公務員)からの転職後、初めてそれを体験する事となりました。

 

先週は、副業(運送業)が本当にハードな一週間で、特に昨日までの三日間はあまりにも多忙で殆ど睡眠を取る事も出来ず、帰宅さえ出来なかったため入浴さえ出来ませんでした。

 

昨夜の22時過ぎ、ようやく仕事を終えて帰宅し、自宅での夕食と入浴と就寝という「当たりまえ」の日常を三日ぶりに取り戻しました。

 

何も特別ではない自宅でのごく普通の食事、そしてリフレッシュのための入浴と、「目覚まし」を掛けなくても良い「睡眠」と呼べる就寝。

私は夕べほど、そんな日常の「当たり前」に幸せを感じた事はありませんでした。

 

私にとっては、前職の28年間も決して楽な日々ばかりだけではありませんでした。

私はそれなりに、自分は人並みの「人生の苦労」と無数に対峙して乗り越えて来たつもりではいたのです。

しかし、転職後の現在、今の私にとっての新たな日常は、それまでの人生経験の中では決して見えなかった、別次元の「質の違う苦労」をゼロから克服する事が求められるとてもハードな日常なのです。

 

出来る事なら「逃げ出したい」のが本音です。所詮は副業なので・・

 

しかし、まだもう少し頑張ってみようと思ってます。

今、逃避願望だけで目の前の現実を放棄して逃げてしまっては、神としての霊格の成長はもとより、それ以前に「社会人」としての「自分自身の成長」を放棄する事になると思うからです。

 

人は誰しも例外なく、まず自分自身が「幸せになる事」を強く願い、そのためには「努力」する事が大切であると人生の中で学んで行きます。

 

幸せになりたいけど 頑張りたくない

本音はこれでいいのだと思います。

 

本当に大切なことは、「自分自身が幸せになるため」の努力をしっかりと見定めてそこに集中して行くことだと思うからです。